緑を守る
Save the Green
日比谷花壇グループ
~緑とともに生きる~

第1回天然記念樹レポート
関東武蔵野を代表する樹木!ケヤキ

ケヤキは関東武蔵野を代表する樹木です。かつて武蔵野屋敷林の王者でした。
春の新緑そして夏のそよぐ濃い緑の隙間から射す太陽の光と陰、晩秋の黄葉、冬には竹箒の形をした裸のシルエット、そしてまた春の苞を被った淡い茶色の新芽。ケヤキは昔から人々の生活の中で生き利用されてきました。




シイノキやイチョウのように食用となる実は付けないのですが材質が堅いので、スラット伸びた幹が大黒柱に使われ、ちょっと曲った幹や枝などは臼や盆やお椀などの生活用品に、その他は農機具に使われ、落葉は良質な肥料として畑に戻りました。ケヤキは性質が強健で寿命が長いのが特徴です。日本各地には千年を超すケヤキが今も残っています。


身近で有名なケヤキでは、仙台青葉通りと定禅寺通りのケヤキ並木、原宿表参道のケヤキ並木、東京オリンピックの際に整備された国道20号(甲州街道)のケヤキ並木、国道463号埼玉大通りのケヤキ並木(日本で一番長いケヤキ並木)など、各地にケヤキの並木や街路樹が沢山あります。そして生活に潤いを与えてくれています。


今回は、武蔵野の府中に残り国の指定天然記念物に指定されているケヤキ並木を取り上げます。通称“府中のケヤキ並木”(正式名称:馬場大門のケヤキ並木、所有者及び管理者:宗教法人大國魂神社)は、新宿から西約20km京王線府中駅の目の前にあり、都内では珍しいほど車社会と微妙なバランスをとりながら緑豊かで歴史ある風土を守っています。


近年では建物の高層化など都市化も進んでいますが、そのような中で大國魂神社の参道の約550mとして約1000年もの永い歴史を受け継いでいるケヤキ並木なのです。


このケヤキ並木の始まりは今から947年前の1062年にさかのぼります。源頼義公・義家公父子が奥州・阿部氏の反乱平定のため大國魂神社で戦勝の祈願を行い、平定後参拝して1000本のケヤキの苗を奉納したのが始まりとされています。その後1600年前後に徳川家康が江戸入りを記念してさらにケヤキを植栽したとあります。


1700年半ばには幹の周囲が11~12m程のケヤキが存在していたとの記載があります。その後、多くのケヤキの消長を経て近年の最大ケヤキ(幹周約9m)は、1949年8月31日、台風10号(キティー台風:最大瞬間風速47.2m/s)の直撃によって幹や大枝が折れ、その後枯死しました。現在残る最大木は北側西にあるケヤキで幹の周567cmです。

名称:
馬場大門のケヤキ並木(ばばだいもんのけやきなみき)
天然記念物指定日:
大正13年12月9日
場所:
東京都府中市宮町・宮西町・寿町・府中町
管理者:
大国魂神社
樹種:
ケヤキ(欅、学名:Zelkova serrata)ニレ科ケヤキ属 落葉高木
馬場大門のケヤキ並木について

私が初めてこのケヤキ並木に接したのは今から33年前の東京農工大学の学生だった1976年の頃です。研究室研究テーマであった“ケヤキ並木保護”のための実態調査の中での、樹冠下のケヤキの実生(子供)の消長の調査、そしてそのころ問題となったケヤキ並木内の放置自転車などの環境問題でした。そして、この数十年のうちに、ケヤキ並木の周辺環境は大きく様変わりしています。

その昔馬場であった並木両側の部分は砂利敷きの歩道となり十数年前には舗装化され、同時にケヤキの根の保護や育成のための石積みが行われています。周辺には高層のマンションや商業施設が立ち並んでいます。一般的に、“並木の保護”というものは、一本の樹木の保護とやや異なって、並木全体を如何に維持するとともに如何に更新を継続させてゆくかさせるか、そのために如何にその生育環境を保全してゆかなくてはならないかが焦点であると思っています。その中で、古く年を重ねた古木の存在、その木の種が落ちて新たな並木の構成員たちが育つ、青年から老樹となる、その“数百年の繰り返し”が必要です。そのために、並木の生育基盤となる土壌や気象条件を保ち続けることが重要と思うのです。エコルは、大切な自然の財産を未来に引き継ぐという重要な役割を果たすべく、この国指定天然記念物“馬場大門のケヤキ並木”の保護のために努力しています。

レポーター:緑の総合病院 院長 神庭正則

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